マルチエージェント入門 -AIの性能を2倍にする「役割分担」の威力

目次

複数のAIが役割を分担して協働する「マルチエージェント」とは

2024年から2025年にかけて、AI業界で急速に注目を集めているキーワードがある。「マルチエージェント」だ。

マルチエージェントの考え方は、シンプルに言えば「複数のAIエージェントに役割を分担させることで、複雑なリクエストを処理できるようにする」というものである。ChatGPTの登場以降、生成AIは爆発的に普及したが、単体のAIだけでは対応しきれない複雑な業務も少なくない。そこで、複数のAIが連携して問題を解決するマルチエージェントシステムが登場した。

本記事では、マルチエージェントの基本概念から、なぜ役割分担によって性能が向上するのか、複数の研究が示す実証結果までを解説する。

マルチエージェントとは?

マルチエージェントとは?

複数のAIエージェントに役割を分担させることで
複雑なリクエストを処理できるようにする仕組み

単体AI

1つのAIがすべての
タスクを処理

複雑な業務に限界あり
マルチエージェント

複数のAIが役割分担し
連携して処理

複雑な業務も対応可能

エージェントの役割例

リサーチ
企画立案
文章作成
コーディング
品質チェック

実証1:役割分担で正解率が48%から95%に

「AIに役割を分担させることで、本当に性能が上がるのか?」

この疑問に対しては、すでに複数の実証的な研究結果が存在する。

まず、AI分野の世界的な権威であるアンドリュー・ン氏(スタンフォード大学、DeepLearning.AI創設者)の研究を紹介しよう。ン氏のチームがコーディングベンチマーク「HumanEval」を用いて分析したところ、GPT-3.5を単体で使用した場合の正解率は48.1%、GPT-4を単体で使用した場合は67.0%だった。しかし、GPT-3.5をエージェント型のワークフローに組み込むと、正解率は最大95.1%にまで向上した[1]。

つまり、役割分担と反復的なプロセスを組み込むことで、単体で使用するよりも約2倍の性能向上が実現できることが示されたのである。


実証2:複数AIの「討論」で精度が向上

MITとGoogle Brainの研究チームは、「マルチエージェント討論」という手法の効果を検証した。複数の言語モデルがそれぞれの回答と推論プロセスを提案し、複数ラウンドにわたって討論することで、共通の最終回答に到達するというアプローチである[2]。

この研究では、数学的推論や戦略的推論において、マルチエージェント討論が単体モデルを大幅に上回る成果を示した。また、生成コンテンツの事実的妥当性も向上し、現代のモデルが陥りやすいハルシネーション(幻覚)を減少させることが確認された[2]。

さらに別の研究では、中程度の性能を持つ複数の異なるモデル(Gemini-Pro、Mixtral、PaLM 2-M)を組み合わせて4ラウンドの討論を行わせたところ、数学的推論ベンチマーク「GSM-8K」で91%の精度を達成した。同じモデルを3つ使った場合は82%にとどまったことから、異なる特性を持つモデルを組み合わせる「多様性」が重要であることも示唆されている[3]。


実証3:ソフトウェア開発でも効果を確認

ソフトウェア開発の分野でも、マルチエージェントの効果は実証されている。

ChatDevは、複雑なタスクを複数の小さなサブタスクに明示的に分解することで、タスク完了の効果を高めている。MetaGPTとの比較研究では、品質スコアが0.1523から0.3953へと約2.6倍に向上した[4]。エージェント同士が自然言語とプログラミング言語の両方を使って協調的にコミュニケーションを行い、各サブタスクを完了へと導く方法が功を奏した[5]。

また、MetaGPTはコード生成ベンチマークにおいて、HumanEvalで85.9%、MBPPで87.7%という高い性能を達成し、実験評価では100%のタスク完了率を示した[6]。


なぜ役割分担で性能が向上するのか

では、なぜ役割を分けると性能が向上するのか。その理由は、大規模言語モデル(LLM)の特性にある。

LLMは、プロンプトで与えられた役割を忠実に果たそうとする性質を持っている。たとえば「アイデアを出して」と指示すれば、創造的に発散する思考モードになる。しかし、発散モードに入った状態のAIに「チェックして」と追加で依頼しても、発散志向が残ったままチェックを行うため、精度が落ちやすい。

人間でも同様だが、「アイデアを出す」という創造的な作業と「ミスを見つける」という批判的な作業は、異なる思考モードを必要とする。一人で両方を同時にこなそうとすると、矛盾が生じてしまう。

そこで効果を発揮するのがマルチエージェントのアプローチだ。アイデアを出すAIと、厳密にチェックするAIを分けて、それぞれに専念させる。そして互いの出力を検証し合う反復プロセスを組み込む。この「分業と相互検証」の仕組みが、単体AIの限界を超える鍵となっている。

研究が示すように、異なる訓練を受けた多様なモデルを使用することで、パフォーマンスが最も向上する[3]。同じモデルを複数使うよりも、異なる特性を持つモデルを組み合わせることで、より高い効果が得られるのだ。

なぜ役割分担で性能が向上するのか

なぜ役割分担で性能が向上するのか?

LLMは与えられた役割を忠実に果たそうとする

発散モード
+
チェックモード
=
思考の矛盾

1つのAIに異なる思考モードを同時に求めると
精度が低下してしまう

マルチエージェントで解決

発散AI
相互検証
検証AI
=
性能 2倍

異なる特性を持つモデルを組み合わせることで
同じモデルを複数使うよりも高い効果が得られる


まとめ

マルチエージェントは、「複数のAIに役割を分担させることで、複雑なリクエストを処理できるようにする」という考え方に基づいた技術である。

複数の研究が一貫して示しているのは、役割分担と反復的なワークフローを組み込むことで、AIの性能を大幅に向上させられるということだ。これは、単にモデルの性能を上げるだけでなく、「AIの使い方」を工夫することで大きな成果を得られることを意味している。

ビジネスパーソンにとって重要なのは、この技術を「使える現場技術」として捉え、自社の課題解決にどう活かせるかを具体的に検討することだろう。AIの進化は止まらない。マルチエージェントという新たな選択肢を、ぜひ視野に入れてみてほしい。


参考文献

[1] Andrew Ng, “Four AI Agent Strategies That Improve GPT-4 and GPT-3.5 Performance,” DeepLearning.AI The Batch, 2024. https://www.deeplearning.ai/the-batch/how-agents-can-improve-llm-performance/

[2] Du, Y., Li, S., Torralba, A., Tenenbaum, J. B., & Mordatch, I., “Improving Factuality and Reasoning in Language Models through Multiagent Debate,” arXiv:2305.14325, 2023. https://arxiv.org/abs/2305.14325

[3] “Diversity of Thought Elicits Stronger Reasoning Capabilities in Multi-Agent Debate Frameworks,” International Journal of Computer Science and Mobile Applications, 2024. https://www.ijcsma.com/articles/diversity-of-thought-elicits-stronger-reasoning-capabilities-in-multiagent-debate-frameworks-1100503.html

[4] Qian, C., et al., “ChatDev: Communicative Agents for Software Development,” arXiv:2307.07924, 2024. https://arxiv.org/html/2307.07924v5

[5] IBM, “What is ChatDev?,” IBM Think, 2025. https://www.ibm.com/think/topics/chatdev

[6] Hong, S., et al., “MetaGPT: Meta Programming for a Multi-Agent Collaborative Framework,” arXiv:2308.00352, 2024. https://arxiv.org/abs/2308.00352

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