序章
AI時代の「目に見えない戦争」— 鉱物資源の奪い合いが始まった
目に見えないところで、AI革命は鉱物資源を巡る激しい争奪戦を引き起こしています。現代のAI技術は、「The artificial intelligence (AI) revolution runs on rocks(ロック(岩石)の上に築かれている)」と言われるほど多くの鉱物に支えられており、これらはAI時代の隠れた基盤となっています。例えば、大規模言語モデルを一つ訓練するだけでも、高性能GPUが数千枚必要となり、その半導体にはガリウムやタンタルなどの希少元素が使われます。また、そのデータをやり取りする光ファイバー網にはゲルマニウムなどが不可欠です。つまり、AIインフラを支える鉱物供給網は、テクノロジー大国間の新たな経済安全保障の戦場になりつつあるのです。
特に中国は、この「AI資源戦争」において強大な影響力を持っています。中国は世界のレアアース(希土類元素)生産の約70%を占め、精製プロセスでは約90%を支配しており、ガリウムやマグネシウムなどAI関連の重要鉱物も8割以上を生産しています。そして近年、中国政府はレアアース輸出の規制を強化しはじめました。2025年には米国の対中関税強化に対抗してレアアース供給制限に踏み切り、さらに輸出品に微量でも特定希土類が含まれる場合は許可制にするなど、攻撃的な資源戦略を見せています。こうした動きに対し、米国と日本は危機感を強め、サプライチェーンの再編に乗り出しました。2025年10月、訪日中の米国トランプ大統領と日本の高市首相は、レアアースや重要鉱物の安全供給確保に向けた枠組み協定に署名しています。この協定では、防衛・自動車・エレクトロニクス・エネルギー分野で不可欠な鉱物について、採掘、リサイクル、備蓄、投資まで幅広い協力を推進する方針が示されました。両国政府は半年以内に重点プロジェクトへの資金支援を行うとし、また戦略的鉱物の相互備蓄まで検討しています。これは「中国以外の安全な鉱物サプライチェーン」を構築する試みであり、同盟国間で資源を融通し合う新時代の幕開けと言えます。
さらに注目すべきは、資源確保のため各国が深海にまで目を向け始めたことです。トランプ政権は2025年4月、大統領令「米国の洋上クリティカル資源開発の解放」を打ち出し、米国の排他的経済水域(EEZ)内外で深海鉱物の探査・開発を進めるよう指示しました。従来、深海の資源は国際条約の制約もあり手付かずでしたが、米国政府は「あらゆる手段で重要鉱物の確保に挑む」姿勢を鮮明にしています。例えばハワイ近海からメキシコ沖に広がるクラリオン・クリッパートン断裂帯(CCZ)は、マンガン団塊と呼ばれる鉱石が世界最大規模(推定211億トン)で堆積する海域として知られ、ニッケル・コバルト・銅・マンガンといった電池向け金属の宝庫です。米国はこれまで深海開発に消極的でしたが、この海域や自国EEZ内での鉱物採取に本格的に乗り出す構えです。
少し情報としては古いですが、日本もまた、自国周辺の海底資源に活路を見出そうとしています。東京都の南東約1,950kmに位置する南鳥島のEEZ内では、近年、泥中に大量の希土類が含まれることが明らかになりました。2018年までの調査で判明した埋蔵量は約1,600万トンに及び、ジスプロシウムで約730年分、テルビウムで約420年分という膨大な量の資源が眠っています。しかも南鳥島周辺の泥は、中国内陸の鉱床とは異なり放射性元素(トリウム・ウラン)が少なく、酸処理で抽出可能なため環境負荷も比較的小さいことがメリットです。日本政府は国家プロジェクトとしてこの南鳥島レアアース泥の本格採取に向けた技術開発を進めており、2028年までに商業化のめどを付ける長期計画を掲げています。こうした深海資源の開発競争は、AI時代における国家間の静かな攻防の象徴と言えるでしょう。AIの性能向上に不可欠な希少鉱物をめぐり、水面下では各国が新たなフロンティアをも巻き込んだ資源争奪戦を繰り広げているのです。
第1章
AIインフラの素材構造を分解する
次に、AIインフラを構成するデータセンター設備や電力網が具体的にどのような素材・鉱物によって支えられているかを見ていきます。AIを支えるデータセンターは巨大な建物とサーバー群ですが、その中身は半導体チップから電源装置、通信ケーブル、冷却装置に至るまで、多種多様な金属・材料の塊です。AIハードウェア(サーバー、冷却システム、バッテリー、ネットワーク機器)は、希少な鉱物資源なしには成り立ちません。ここでは特に重要なレアアース(希土類)、銅、リチウムの3つに注目し、それぞれがAIインフラのどの部分で使われ、新たにどんな需要を生んでいるのかを整理します。
- レアアース: レアアースは「AIインフラの見えない基盤」とも呼ばれ、様々なAIハードの要所に使われています。たとえばネオジム磁石(Nd-Fe-B磁石)はデータセンター内のハードディスク駆動装置や強力な冷却ファンのモーターに不可欠であり、AI用サーバーのロボットアームや無人搬送システム、さらには自律型ロボットにも高性能磁石として組み込まれています。光通信分野でも、エルビウムやテルビウムなど希土類を添加した光ファイバー増幅器が高速データ伝送を支えています。このようにレアアースは磁気特性や光学特性に優れ、エネルギー効率や高性能化が求められる用途で代替の利かない戦略素材です。さらにデータセンターの非常用電源(UPS)や先進冷却システムにもレアアース部品が含まれており、停電時や異常時でも施設を稼働させる裏方として機能しています。昨今のAI・データセンター需要の爆発により、ネオジムやプラセオジム(Nd/Pr)の磁石材料、蛍光体用途などの希土類消費は持続的に増加すると見込まれます。一方で供給面では中国が希土類酸化物の精製能力の85〜90%を握っているとされ、地政学リスクが非常に高い分野です。この構造的依存を減らすため、米国主導で供給源の多様化(例:豪州ライナス社への投資など)が進められています。
- 銅: 「AI革命を支える真のコモディティは銅だ」とも言われるほど、銅はAIインフラの電力・熱の流れを支える要です。銅は銀に次いで金属中で2番目に高い電気伝導率を持ち、データセンターの巨大な電力ケーブル、配電盤(バスバー)、無停電電源装置の配線、さらにはサーバーの熱交換器(ヒートシンク)に至るまで幅広く用いられています。実際、大型データセンター建設における資本支出の最大6%程度が銅配線等の調達費と言われ、例えばマイクロソフトがシカゴに建設した5億ドル規模のデータセンターでは銅が2,177トンも使用されました。AI時代のデータトラフィック増加とともに光ファイバー網も拡充されますが、その地上局設備や電源供給にも依然として大量の銅が必要です。また冷却面でも、水冷システムの配管や放熱フィンに銅やアルミニウム合金が使われ、高発熱するAIチップから効率的に熱を逃がしています。今後の需要予測では、AI向けデータセンター分野の銅使用量は飛躍的に拡大し、2050年には年間約300万トンと現在の6倍に達する見込みです。これは2050年時点の世界総需要の6〜7%がAIデータセンター関連になる計算で、2021年の総需要(3,040万トン)から見ても市場全体を押し上げるインパクトがあります。しかし、新規銅鉱山の発見・開発が追いついておらず、2035年頃には最大で年間600万トンの供給不足が生じる恐れが指摘されています。実際、AI需要を含む銅不足観測から、2028年には銅価格が1トンあたり13,500ドルに高騰するとの予測もあります(ブルームバーグNEF予測より)。銅不足は送電網や再生エネルギーにも影響しますが、AIインフラも例外ではなく、供給制約がかかればデータセンター建設の遅延や設備コスト上昇に直結します。
(参考:Datacenter Sustainabilityより「Data centres and the importance of minerals」) - リチウム: リチウムは従来、電気自動車(EV)やモバイル機器のバッテリー材料として注目されてきましたが、AIインフラの拡大によって新たな需要のフロンティアが生まれています。大規模データセンターは莫大な電力を消費するため、電力網からの供給障害に備えて大容量の蓄電システムを備えています。近年は従来型の鉛蓄電池に代わり、高エネルギー密度で長寿命のリチウムイオン電池がUPS(無停電電源装置)やサーバーラック一体型バックアップ電源に採用されています。さらに多くのデータセンターでは再生可能エネルギーを導入しつつあり、太陽光や風力の不安定な発電出力を平滑化する目的でもリチウムイオン蓄電池(またはニッケル系電池)が併設されています。つまり、AI時代の電力網を安定稼働させる裏方として、膨大な量のリチウムが静かに消費されているのです。国際エネルギー機関(IEA)の試算によれば、クリティカルミネラル全体の需要は2040年までに現在の4倍に増大しうるとされ、その中でも電動化やAIインフラに使われるリチウムの需要は突出しています。一方で供給面では、鉱山開発の長いリードタイム(平均16年)が障害となり、2035年時点でリチウムの世界供給量は需要の半分程度しか満たせない見通しです。この供給不足は価格高騰を招くだけでなく、データセンター用蓄電設備の導入遅れやコスト上昇を引き起こす可能性があります。AIインフラとクリーンエネルギー・EVは同じリチウム資源を奪い合う関係にあり、クリーンエネルギー移行が進むほどAI産業にとってもリチウム調達が戦略課題となるのです。

参考:クリーンエネルギー技術で使用される鉱物と他の発電源との比較(出所:IEA)
なお、上記の他にも半導体用途のガリウム・ゲルマニウム、触媒やセンサー用途のパラジウム、コンデンサ材料のタンタルなど、AIを陰で支える重要元素は数多く存在します。例えば中国が2023年に輸出規制を発動したガリウムとゲルマニウムは、高性能AIチップや光ファイバー通信に不可欠で、供給が30%滞るだけで米国GDPを6000億ドル(GDPの2%超)押し下げる潜在リスクがあると試算されています。幸いレアアースや銅と比べ必要量は少ないものの、代替不可能な先端素材であるがゆえに、その確保は各国の頭痛の種になっています。要するに、AIインフラの土台を分解してみると、至る所に希少な鉱物・素材が組み込まれており、それらの多くが一国(特に中国)に偏在している現実が浮かび上がります。AI時代の競争力はアルゴリズムやデータだけでなく、こうした素材調達の巧拙にも左右される局面が来ているのです。
第2章
日本企業の参入余地 — 精錬・リサイクル・海底開発
AIインフラを支える重要鉱物の需要拡大と地政学リスクの高まりを受け、米国は日本を含む同盟国に対し、サプライチェーン強化のパートナーシップを呼び掛けています。前述の2025年米日協定でも、鉱物資源の採掘から精錬・加工、リサイクル、備蓄、そして新規投資に至る広範な協力が謳われました。日本企業にとって、これは単なるリスクではなく大きなビジネスチャンスともなり得ます。米国は鉱物資源分野での自給を急務としつつも、国内には不足する技術や加工能力が多いため、信頼できる日本企業の参加を求めているからです。ここでは、日本企業が特に貢献し得る領域として、精錬(加工)、リサイクル、海底資源開発の三つを取り上げ、それぞれの現状と展望を考察します。
まず精錬・加工分野です。レアアースを例に取ると、米国にはカリフォルニア州のマウンテンパス鉱山でレアアース原鉱を採掘する企業がありますが、その精錬は依然としてほぼ中国に依存しています。中国国外でレアアース分離精製を大規模に行っているのは、豪州のライナス社(マレーシアに工場)などごく一部に限られます。このような状況で、米国政府は「精錬・加工拠点の米国内誘致」に力を入れており、日本企業にとっては現地進出の好機となっています。たとえば経済安全保障協力の一環で、米国は同盟国企業が米国内で精錬プラントを建設する際の資金支援や迅速な許認可を約束しています。日本企業は非鉄金属の精錬・材料加工で長年の経験と高度な環境対策技術を持っており、米国側から強く参画を期待される分野です。実際、2025年10月の日米首脳協議で公表されたリストには、エネルギー・AI・重要鉱物のプロジェクト群の中に「日本企業による米国投資計画(総額4,000億ドル規模)」が含まれており、その中には鉱物精錬施設の設置も想定されています。例えば住友金属鉱山やJX金属など日本の大手非鉄メーカーが、米国でのコバルトやニッケル精錬、レアアース分離の合弁事業に乗り出す可能性も十分にあります。米国から見れば、日本の高度加工技術と投資は、中国依存から脱却するための頼もしいリソースなのです。
次にリサイクル(都市鉱山)分野です。日本はレアメタルリサイクルに早くから取り組んできた実績があり、使用済み電子機器やモーターからのレアアース・貴金属回収技術で世界をリードしてきました。米国でも近年、Redwood Materials社などがEV電池リサイクルに参入していますが、電子廃棄物全般から効率良くレアメタルを回収する体制は十分とは言えません。AIデータセンターの普及によって、数年ごとに大量のサーバー機器や蓄電池が更新・廃棄されるため、それらを資源化するリサイクル産業には大きな成長余地があります。米国は政策的にもリサイクル促進を掲げており、日米協定でもレアアース磁石のリサイクルなどサーキュラーエコノミー構築が謳われました。日本企業にとっては、自社のリサイクル技術を米国市場に展開し、現地で工場運営するチャンスです。たとえば大手非鉄メーカー系のリサイクル事業者や、自動車部品メーカー(モーターからネオジムを回収する技術を持つ企業)などが、米政府・州政府の補助を受けてリサイクル拠点を設ければ、安定的な原料供給源にもなり得ます。リサイクルは新規採掘に比べ環境負荷も低く、中国の輸出規制の影響を受けにくい内製化された資源供給となる点で、同盟国全体のレジリエンス向上にも寄与します。実際、米国防総省は希土類磁石のリサイクルプロジェクトにも資金提供を始めており、民間投資と相まって今後市場が拡大すると見込まれます。日本企業はこの領域での経験を武器に、“米国の資源循環戦略パートナー”として存在感を発揮できるでしょう。
最後に海底資源開発です。第1章で触れたように、南鳥島のレアアースプロジェクトは日本が進める国家的な試みであり、世界初の深海レアアース資源の実用化に向けた取り組みです。この分野では、日本企業(海洋掘削技術やプラント技術に強みを持つ企業)と米国の資本・技術力が協力し合うことでシナジーが期待できます。米国も自国EEZ内や公海での深海採鉱に本腰を入れ始めましたが、環境規制や技術的課題が多く、まだ試行段階です。日本は長年、国策としてマンガン団塊やコバルトリッチクラストの調査を続け、試験的な揚鉱にも成功してきました。またJOGMEC(石油・天然ガス・金属鉱物資源機構)は国際海底機構(ISA)から太平洋の特定海域での探査契約も取得しています。日米が協力して深海探査技術(自律型無人潜水機など)の開発や環境影響評価の基準作りを進めれば、将来的に安定的な海底鉱物の供給システムを共に築ける可能性があります。南鳥島プロジェクト自体も、将来的には抽出した希土類を日米で分け合うような形も検討できるかもしれません。加えて、米国ハワイ周辺海域や太平洋諸島近海には、レアアース以外にもニッケル・コバルトなどの鉱床が存在するとされ、これらの開発でも日本企業の海洋掘削ノウハウが活かせるでしょう。もっとも、深海採鉱は環境への配慮や国際ルール作りも重要です。日米が連携して環境基準を設定し、透明性の高い開発モデルを示すことで、将来的な市場の安定と価格予見性向上にも寄与するとの指摘があります。このように、海の底に眠る資源開発はリスクもありますが、実現すれば中国依存を大きく低減しうるフロンティアであり、日本企業にとって国家的プロジェクトに参画するチャンスとなっています。
以上、精錬・リサイクル・海底開発の三分野で日本企業の参入余地を見てきました。総じて言えるのは、米国は資金と市場、日本は技術と経験を持ち寄る形でウィンウィンの関係を構築し得るということです。米国政府は鉱物サプライチェーン再編のため、補助金・融資・税制優遇といった手厚い支援策を用意しており、日本企業にとってはこれまで培った強みを海外で発揮する好機です。実際、両国政府は優先プロジェクトを共同で選定し、希土類磁石や電池材料、光学部品など川下製品まで含めた供給網のギャップを特定して投資を促すことで一致しています。日本企業がこの波に乗り、米国現地での加工拠点や事業展開に踏み出せば、それは単なる企業成長にとどまらず、国家戦略レベルで重要な意味を持つと言えるでしょう。
AIインフラ時代の重要鉱物サプライチェーン
日本企業の3つの貢献領域
精錬・加工
Refining & Processing「精錬能力」を日本技術で補完
- 米国の課題 採掘可能だが精錬能力不足。中国依存が継続している状態。
- 日本の強み 世界屈指の非鉄金属精錬技術と、高度な環境対応技術。
- 連携機会 数千億ドルの投資機会。許認可・資金支援を活用可能。
リサイクル
Urban Mining「都市鉱山」として活用
- 米国の課題 EV電池以外の電子機器等の広域回収能力が不足。
- 日本の強み レアメタル回収・選別技術と、都市鉱山活用の深い知見。
- 連携機会 国防総省も支援へ。サーバー大量廃棄への対応需要。
海底資源開発
Deep Sea Mineralsサプライチェーンを根本解決
- 米国の課題 深海採鉱への関心は高いが、環境規制・技術面で遅れ。
- 日本の強み 南鳥島レアアース泥など、深海探査・掘削の実績。
- 連携機会 AUV探査・掘削・環境基準の策定における日米シナジー。
第3章
脱中国依存と日米サプライチェーンの最適配置設計
米国と日本が協調して目指すのは、中国に依存しない持続可能なサプライチェーンの構築です。しかし、その実現には「何でもかんでも自国(または同盟国)で賄えば良い」という単純な話ではなく、コスト・技術・地理的リスクなどを考慮した最適な役割分担と供給網の設計が求められます。では、どの工程・機能を米国側に持たせ、どこを日本や他のパートナーに残すのが賢明なのでしょうか。その設計指針を考えてみます。
まず大前提として、サプライチェーン全体の地理的分散とレジリエンスが重要です。近年提唱される「フレンドショアリング(友好国への供給源シフト)」は、中国以外の特定国に生産を移す戦略ですが、偏った移転では新たなリスク集中を生む可能性もあります。災害や紛争といったショックに耐えるには、一箇所に頼らない複数拠点での供給が鍵です。例えばレアアース磁石で言えば、米国本土と日本の双方に磁石生産ラインを持ち、必要に応じて豪州や欧州からも調達できるような多元的体制が望ましいでしょう。大口需要家である米国防衛産業向けには米国内生産分を優先しつつ、日本企業の国内生産分も相互にバックアップに回せるような柔軟な供給網が理想です。また、同じ友好国でも自然災害リスクは地域差があります。ある国が干ばつや洪水に見舞われても、他地域から代替できるよう地理的に分散した調達網を持つことが、長期的な安定供給には不可欠です。その意味で、日本・米国・豪州・カナダ・欧州など、多極分散型の鉱物サプライチェーンを構築することが戦略的目標となります。
次に、「どこを米国化し、どこを日本に残すか」という視点です。これは言い換えれば、各工程における最適配置を考えることです。例えば鉱石の採掘は埋蔵地域に依存するため、米国や豪州で取れるものはそこで採掘し、日本は権益投資やオフテイク契約(引取権確保)によって関与する形が現実的でしょう。一方、精錬・材料加工の工程は、環境規制や技術力、人材の集積度などを考慮して場所を選ぶ必要があります。米国は環境規制が厳しく人件費も高い反面、自国生産に対する補助金や税控除が厚く、また国防用途では「米国内生産」にこだわる事情もあります。このため、軍事・先端技術に直結する素材(レアアース磁石や高純度ガリウム等)は米国内に一部生産拠点を確保しようとするでしょう。実際、米国防省はネオジム磁石の国内一貫生産に補助を出し、国内メーカーと契約を結び始めています(例えばMP Materials社との固定価格契約による供給確保)。しかし、民生分野も含めた総需要をすべて米国のみで賄うのは非現実的です。日本には世界トップクラスの加工・精製企業が存在し、既存設備も整っていますから、経済合理性の観点では「日本で作れるものは日本で作り、米国に輸出」という形も残すべきです。協調のポイントは、「中国以外」という大枠で米日間(さらには他の友好国も含め)最適配置をすることです。例えば、レアアースについては豪州で採れた原料を日本で精製し、日本企業が米国工場で磁石に仕上げて米産業界に供給する、といった複段階の協業モデルも考えられます。その際、誰がどの段階の付加価値を担うかで商流や利益配分が変わるため、綿密な戦略設計が必要です。
さらに備蓄戦略と相互融通も設計に組み込むべき要素です。日米協定では双方が相補的な備蓄体制を検討するとしています。これは有事の際に一方のストックを融通し合うことを想定したものです。実際、現在日本は国家備蓄や民間在庫として希少金属をある程度備えていますし、韓国や欧州諸国も独自の備蓄を拡充しています。米国の防衛生産法では、平時から同盟国と調達を調整する仕組みも模索されており、「必要なときに融通し合う」安全保障共同体としての連携が深まりつつあります。もっとも、実際の危機時には各国とも自国優先になりがちで、平時からどこまで信頼醸成できるかが課題です。したがって、平時における協定で透明性ある在庫情報の共有や緊急時の放出ルールを取り決めておくことが重要になります。
このような戦略的サプライチェーン設計を行ううえで、忘れてはならないのは環境・社会的持続可能性です。中国以外で供給網を構築する際、その採掘や精錬プロジェクトが現地コミュニティや環境に配慮した形で進められなければ、長期的には反発や規制強化を招きます。幸いにも、日米豪欧の企業は環境・労働基準への対応力が比較的高く、またAI技術そのものも探査効率向上や代替材料開発、リサイクル効率化に活用されています。つまり、「持続可能な方法で必要な鉱物を調達する」という原則を据えたサプライチェーン設計が求められるのです。これは単なる理想論ではなく、最終的には安定供給の確保にもつながります。無理な開発は環境制裁や社会不安定化を招き、供給途絶のリスク要因となり得るからです。したがって、日米が中心となって高い環境基準を設定し、それに見合う価格メカニズム(たとえば責任ある採掘のコストを反映した価格下限の設定)を導入することも一案でしょう。実際、米国防省はネオジム・プラセオジム(NdPr)酸化物に1kgあたり110ドルの価格下限を設ける契約を結んだとされ、適正価格での生産を支える動きも出ています。
総合すると、脱中国依存のサプライチェーン再編とは、「どの工程を誰が担うか」を日米を含む同盟国で最適再配置し、冗長性と持続可能性を持たせる設計プロジェクトだと言えます。その際、日本企業は単なる材料供給者に留まらず、設計段階から関与して自社の強みを織り込むことが肝要です。米国側も、自前主義に陥らず日本の能力を信頼して役割を委ねるところは委ねることが成功の鍵となるでしょう。例えば日本に残すべき高度加工技術や精密製造領域と、米国化すべき基幹インフラ領域を見極め、「China+0」ならぬ「China+Allies」体制を築く視点が求められています。
終章
素材メーカーが“AI産業の裏方”から“国家戦略プレイヤー”になる時代へ
AI産業を陰で支える素材・鉱物メーカーの役割は、いまや国家戦略の一部となりつつあります。かつては「縁の下の力持ち」であった原材料供給者が、いまや各国政府の政策に直接関与し、地政学リスクに晒されるフロントラインのプレイヤーとなりました。これは素材メーカーにとって大きな挑戦であると同時に、存在感を高める好機でもあります。各国政府は安全保障の観点から重要素材産業を支援・育成しようとしており、例えば米国との協定締結や補助金交付、価格保証措置など、企業側に追い風となる施策も増えています。日本企業も、この波に乗りグローバルな戦略展開を図ることで、自社の成長と日本の経済安全保障双方に貢献できるでしょう。
一方で、新たな役割を果たすには戦略的視座が不可欠です。素材メーカー各社は、自社サプライチェーンの脆弱性診断、代替調達先の開拓、将来の需給見通し分析など、これまで以上に高度な経営判断を迫られます。幸いAI技術そのものが、鉱床探査の効率化や需給予測にも活用できる時代です。自社内にデータサイエンスや地政学の知見を取り込み、リスクを先読みして行動することが求められます。また、企業単独では難しい課題に対しては専門家の支援や社外との連携も重要になります。例えば、新しいサプライチェーンの設計には国際関係や契約スキームの知見が必要ですし、資源権益の獲得には法務・金融の専門アドバイスが有用です。コンサルティング会社やシンクタンクは、サプライチェーン全体のデザインやリスク解析、投資戦略の立案支援などで企業を側面支援できます。実際、近年は鉱物資源の安定確保に関するコンサル案件が増えており、各国政府の施策動向や最新の技術トレンドを踏まえた助言が提供されています。
素材メーカーが“国家戦略プレイヤー”となる時代——それは従来とは異なる責任とチャンスを伴う時代です。AI産業という表舞台を支える裏方から一歩進み、国際交渉の席や政策決定プロセスにも関与しうる存在として、自社のプレゼンスを再定義する必要があります。幸い日本の素材・鉱物企業は、高い技術力と信頼を武器に、この新時代で主導的役割を果たせるポジションにいます。今こそ自らの強みを戦略的に活かし、日米そしてグローバルなサプライチェーン再構築に貢献していくべき時でしょう。それは同時に、自社の持続的成長と株主価値向上にも直結する道であり、国家と企業が共に繁栄する新たな産業エコシステムの創造にもつながっていくはずです。


(参考:Datacenter Sustainabilityより「Data centres and the importance of minerals」)