AI経営企画の時代へ:戦略立案を変えるデータとアルゴリズムの力

現代のビジネス環境は地政学リスクや技術革新、顧客ニーズの多様化により激変しており、従来の「過去データに基づく計画手法」では変化のスピードに追いつけなくなっています。数週間かけて作成した戦略が完成時には陳腐化してしまう――そんな事態に多くの企業が直面しています。企業の未来を描き戦略を立案する経営企画部門こそ、こうした状況を打破すべき「経営の中枢」です。データとAIを活用したデータドリブン経営へのシフトが求められており、AIこそがこの限界を突破する唯一の現実的手段だと注目されています。実際、金融庁の報告書でもAIやICTを用いた企業の早期経営改善支援の重要性が示され、内閣府のガイドラインでも生成AIで企画立案力を高める手法が提示されるなど、経営企画領域でのAI活用は制度面からも後押しされています。世界的にも経営層のAI活用は進んでおり、IBMの調査では43%のCEOが生成AIから得た情報を戦略的意思決定に活用していると報告されています。一方、日本企業で生成AI活用方針を定めている企業はまだ42.7%に留まり、米国・ドイツ・中国の約8割と比べ半数程度という調査もあります。

(出典)総務省(2024)「国内外における最新の情報通信技術の研究開発及びデジタル活用の動向に関する調査研究」

スキルや知見の不足から着手できていない企業も多い状況ですが、先行する企業はすでに大きな成果を上げており、両者の競争力の差は広がりつつあります。本記事では、AIがもたらす経営企画業務の具体的な変革と事例について、戦略立案・経営分析・リスク管理の観点から解説します。データとアルゴリズムの力によって経営企画がどう進化し得るのか、そのビジョンを描いてみたいと思います。

目次

経営企画の役割変化:データドリブン経営へのシフト

DX(デジタルトランスフォーメーション)が叫ばれる中、多くの企業は現場業務の効率化にAIを導入し始めています。しかし真に変革すべきは現場ではなく経営企画部門です。経営企画は企業全体の意思決定を支える頭脳であり、ここが変わらなければ全社の競争力は根本的に変わりません。近年は意思決定の遅れが即座に機会損失に直結する時代となり、環境変化を捉えてから戦略を実行に移すまでのOODAループ(観察→判断→決定→行動)のスピードが競争優位を左右します。そのため経営企画部門には、勘と経験に頼った計画策定から脱却し、あらゆるデータに基づく迅速かつ客観的な意思決定プロセスへの転換が求められています。実際、三菱UFJフィナンシャル・グループでは2024年度からの中期経営計画で「AI・データ基盤の強化」を経営戦略の柱に据え、データドリブンな経営判断体制の構築を掲げました。

企業変革の加速(出所)MUFG「中期経営計画(2024年度-2026年度)について」

高度に規制された金融業界においても、AI活用によりリスク管理と収益性向上の両立を目指す先進的な取り組みです。このように経営企画の役割は、従来の計画調整役からデータ戦略の牽引者へと大きくシフトしつつあります。

AIが可能にする3つの経営企画変革

次に、AI活用によって実現する経営企画業務の変革を3つの観点から見ていきます。それぞれ(1)戦略シナリオプランニングの自動化・高度化, (2)経営数値のリアルタイム予測, (3)経営リスクの早期察知・可視化です。

シナリオプランニングの自動化・高度化

企業戦略の策定では将来シナリオの検討が欠かせませんが、人間が扱える変数や想定シナリオの数には限界があります。また過去データに基づく手法では前例のない変化を捉えきれないという課題もありました。生成AIの活用により、これらの限界は根本から解消されます。AIは財務データなど構造化データだけでなく、市場レポートやニュース、SNSトレンド、気象・イベント情報など膨大な非構造化データまで瞬時に分析し、人間では考えつかなかった視点から複数の戦略シナリオを自動生成します。重要なのは、AIが単一の「正解」を出すのではなく、意思決定者が探索できる選択肢の空間を飛躍的に広げてくれる点です。経営企画担当者はAIが提示した多様なシナリオの中から自社のビジョンや前提に適合するものを評価・選択すればよく、より創造的な判断業務に注力できるようになります。これは単なる効率化ではなく、戦略立案の質そのものを次元拡張する革新と言えるでしょう。実際、生成AIは競合他社の公開情報を自動収集・分析して市場のトレンド変化や競合戦略の兆しをいち早く検知したり、SWOT分析で内部外部の要因を整理して戦略オプションの優先度付けを支援するなど、戦略策定プロセスを包括的に高度化します。従来は数週間かかっていたシナリオ分析も、AIの活用によって数日で完了するようになり、経営の機動力が飛躍的に高まります。

(出所)アサヒ飲料株式会社、キリンビバレッジ株式会社「物流課題解決に向けた輸送量平準化を推進AIで分析する新サービス「MOVO PSI」を活用し在庫量や輸配送量を最適化実証実験で輸送コスト6.2%、在庫日数6.5%削減を実現」

経営数値のリアルタイム予測

AIは過去の業績データや市場動向を学習し、将来の業績やKPIを高精度に予測することが可能です。例えば過去数年分の販売データと市場環境データを学習したAIモデルによって、来期の売上を±5%の精度で予測できるようになったケースも報告されています。こうした予測モデルを経営ダッシュボードに組み込めば、経営陣は最新の予測値と実績をリアルタイムで比較しながら舵取りを行えます。事実、PwCコンサルティングではM&AプロジェクトにAIを導入し、買収後のPMI(経営統合)フェーズで主要KPIをリアルタイムに可視化するダッシュボードを構築しました。経営陣は常に最新データに基づき高速でPDCAを回し、状況変化に即応しています。AIによる予測とデータ処理の高速化のおかげで、人間の認知を超えたレベルでの投資判断支援が可能となり、従来は数ヶ月かかっていたデューデリジェンス(買収監査)工程の大幅な短縮にもつながっています。また、日々変化する事業指標をAIが自動監視し、目標からの乖離をリアルタイムにアラートする仕組みも考えられます。これにより経営企画はタイムリーに施策を打てるようになり、機会損失の低減とリスクへの先手対応が可能です。実際、弊社が支援する企業では、競合分析に要していた1週間の作業がAI導入で1日で完了するようになっています。また、パナソニック コネクトでは全社員約1.24万人への生成AI展開によって年間18.6万時間の業務時間削減を達成したと発表しており、経営企画業務における分析・報告プロセスの劇的な高速化が実現しています。スピード感を持った意思決定サイクルを回せる組織は、市場の好機を逃さず競争で優位に立つことができるのです。言い換えれば、現代では「遅い意思決定は、誤った意思決定と同じくらい致命的」であり、AIはその遅延を解消する強力な武器となります。

経営リスクの早期察知と可視化

不確実性が高まる環境下で、潜在的なリスクとチャンスを他社より早く察知することは経営企画の重要な役割です。しかし人間の経験や勘には限界があり、膨大な情報の中から兆しを見逃さず拾い上げるのは困難です。AIは統計手法やディープラーニングを駆使して、人間では見落としがちな複雑なパターンや相関関係をデータ中から発見します。例えば小売業界の企業では、AIによる経営意思決定支援システムを導入した結果、在庫回転率が30%向上し季節商品の廃棄ロスが大幅に削減、さらに店舗ごとの品揃え最適化によって売上が15%増加する成果が得られました。この成功の背景には、AIが過去の販売データだけでなく天候や地域イベント、SNSトレンドといった多様な外部要因を統合的に分析し、需要予測や商品構成の最適化に活用したことがあります。人間の分析ではとても考慮しきれない変数の組み合わせをAIは難なく処理し、リスクと機会の兆候を予測的(予兆段階)に検知するのです。また生成AIは過去の事例データから類似パターンを検出し、例えば「○○な状況の時に売上低下に繋がった要因」を洗い出してアラートを上げるなど、リスクの早期発見・可視化にも有効です。実際、明治安田生命のケースでは営業職員向けAIが顧客属性や契約履歴などを分析し、将来の解約リスクが高まりそうな契約を予測して事前にフォローを促すなど、リスク管理と機会損失防止に活用されています(同社はこのAIエージェントを営業職員約3万6千人に展開し、訪問準備時間の30%削減も実現しました)。

(出所)アクセンチュア「約3万6000人超の営業職員一人ひとりを支援する、生成AIを活用したモバイルシステム「デジタル秘書 MYパレット」の概要」

このようにAIは、人間には“見えない”リスクを炙り出し、経営層にとって見える化します。ひいては属人的な勘頼みの経営から脱却し、組織知に基づく客観的な経営判断を支える土台となるのです。

事例紹介:AIで進む経営管理の高度化

AIを活用した経営企画・経営管理の取り組みは、既に複数の先進企業で成果を上げ始めています。ここでは、日本企業を中心に具体的な事例をいくつかご紹介します。

  • パナソニック コネクト(製造) – 社内向け生成AIシステム「ConnectAI」を全社員約12,400人に展開し、年間18.6万時間もの労働時間削減を達成しました。戦略立案の基礎データ作成から品質管理まで幅広くAIを活用し、従来ベテランの勘所に頼っていたノウハウを社内コーパスで共有・民主化しています。将来的な自律型経営(オートノマス・エンタープライズ)への布石として、全社レベルで生産性と競争力を同時に高めた好例です。
  • イオン(小売) – グループ約300社が保有する膨大な顧客データを活用すべく、社内にデータイノベーションセンター(DIC)を設置。Azure OpenAIサービスなどを駆使し、顧客満足度向上と店舗運営の変革を目指したソリューション開発を進めています。内製を軸にPoC(概念実証)段階から各事業会社へのAI展開に移行しており、購買パターン分析による需要予測や最適な商品配置の提案を実現。売上向上と在庫最適化の両立、顧客体験向上と業務効率化の同時達成など、データドリブン経営の先進モデルとなっています。
    グラフィカル ユーザー インターフェイス, テキスト, アプリケーション

AI 生成コンテンツは誤りを含む可能性があります。
    (出所)マイクロソフト

これらの事例に見るように、業種は異なれど定量化が難しかった非財務情報や現場データをAIで分析し、経営判断に役立てる試みが各社で進んでいます。マーケット動向から社内ナレッジ、顧客の声まで、あらゆるデータを戦略に昇華することで意思決定の精度とスピードを高めているのです。

経営企画部が最初に着手すべきAIテーマ選定の考え方

「自社でもAI活用を検討したいが、どこから手を付ければ良いか」という声は少なくありません。経営企画部門がAIプロジェクトを立ち上げるにあたっては、まず解決すべき経営課題を明確化し、目標を定義することが出発点です。導入前に「何を解決したいのか」「どのKPIをどれだけ向上させたいのか」を定めておけば、導入後の成果検証もしやすくなります。実際、PwCの調査でもAI活用成功企業の要因として「適切なユースケース設定」が約4割を占めたとの報告があります。次に、選定するテーマはデータが比較的揃っており効果が測定しやすい領域から始めるのが得策です。例えば、予算策定や売上予測の精度向上、定型的な経営レポート作成の自動化、KPIモニタリングのダッシュボード化といったテーマは着手しやすいでしょう。こうした領域は社内に既存データが蓄積されている場合が多く、AI導入による効果も定量化しやすいためです。導入にあたってはデータ整備も不可欠です。過去数年分の業績データや市場データ、社内の各種報告書などを洗い出し、AIが処理しやすい形にクレンジング・統合しておきます。その上で、いきなり全社スケールで展開するのではなく、まずは限定的なPoC(概念実証)やパイロットプロジェクトで効果検証を行うことが重要です。例えば一事業部や特定プロセス(例:需要予測の一部、自社内データのレポート自動生成など)で試行し、得られた知見をもとに段階的に適用範囲を広げていくアプローチがリスクを抑え確実に成果を出すコツです。小さく成功体験を積むことで現場の理解と協力も得やすくなり、全社展開への布石となります。経営企画が主導してAI導入を進める際には、各現場部門の業務課題やニーズを丁寧に把握し、それを踏まえて全社視点で導入目的とロードマップを描くことも求められます。単なる部分最適のツール導入で終わらせず、経営課題の解決につながるテーマ設定を心がけることが肝要です。

コンサルタント活用の勘所:外部支援が価値を出す領域とは

AI導入を進めるにあたり、自社だけのリソースで不安な場合は外部の専門家やコンサルタントの力を積極的に活用するのも有効です。特に、社内に経験や知見が乏しい初期段階では、導入リスクを抑え効果的な活用を実現するために外部の知見を取り入れることが成果への近道になります。コンサルタントは多くの企業支援を通じて蓄積したベストプラクティスを持っており、自社では気づかない活用アイデアやユースケースを提案してくれるでしょう。また、AI戦略の策定やROIの見積もり、プロジェクト計画作りといった上流フェーズでは、第三者の視点を入れることで経営層の納得感も高まりやすくなります。さらに、データ基盤の構築や高度な機械学習モデル開発など技術面で外部パートナーの支援を受けることは、プロジェクトのスピードアップにつながります。例えば、富士通総研のAIコンサルティングでは単にシステム実装を行うだけでなく、自社内でAIプロジェクトを推進できる人材育成も支援するとされています。このように、外部の力を借りながら社内のケイパビリティを高めていくことで、「コンサルに頼り切り」ではない持続的なAI活用体制を築くことができます。もちろん、どこまでを外部に委託しどこからを内製化するかの見極めは重要です。自社のコア競争力に関わる戦略部分は経営企画内に蓄積しつつ、汎用的な分析基盤構築や一過性のプロジェクトには外部の力を柔軟に活用する、といったメリハリが求められます。ポイントは、「外部の知恵」と「自社の現場感覚」を融合させることです。経営企画部門がハブとなり、現場と外部専門家をつなげてプロジェクトを推進すれば、短期間で大きな成果を生み出すことも十分可能です。


以上、AIを活用した経営企画・経営管理の高度化について、戦略立案から意思決定支援、リスク管理まで幅広く見てきました。繰り返しになりますが、経営企画は企業の知的中枢であり、ここがデータとAIを使いこなせるようになることこそが真のDXと言えるでしょう。先行事例が示すように、AI経営企画を実践した企業は市場対応力や業務効率で一歩先んじ始めています。日本企業でも今こそ腰を据えて「AI経営企画の時代」に踏み出すときです。データとアルゴリズムの力を戦略に組み込み、変化に強い経営を実現できる企業が、これからの競争を制することでしょう。

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